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野呂先生wwwwwwこんなの観たら逆に弾きたくなくなる(泣)
俺は野呂さんの演奏に大満足だ
野呂一生 GOD OF GUITAR~
野呂さん!真っ白じゃないですか!
このコメントも含めて貴殿の主観にすぎない。昔の野呂氏を知らないでファンの方々もいらっしゃるはず。その方々とてそれぞれの主観で楽しんでいる。野呂氏ご本人も主観でやっていらっしゃるはず。事実もなにもない。聞く人間の数だけその音楽はその人間の心に響きその主観で楽しみ影響を与えている事実だけがある。それだけのことだ。
そうですね。ご意見としては至極理解に及びます。若かりし頃の野呂さんのいわゆる “無茶弾き”それが貴殿の魅力的な姿なのでしょう…。推察ですが、CASIOPEAを休止にした経緯はハリの穴を通すCASIOPEAを沢山のファンから求められても今後維持できるか? という疑問も野呂さんご本人にあったかと…。それと、貴方のお気に召さない方向性の音楽(CASIOPEA以外のもの)を自由にやりたいと感じてのことでしょう…。人間は進化や変化や退化していくものです。お好みでなければ見限られるだけで十分です。公に否定批判しなくても良いではないですか?反感を買っても良いことないですよ。気楽に行きましょう。
初期メンバーの後期において、ライブではソロの“無茶弾き”はあったかと思います。LP、CDメディアにおいて、通常ライブ(特にパーフェクトライブ)までは、全て計算と言いますか、確かに予習+αのソロで計算されていましたね。同感です。昔は一つだった、というのは、多分みんなの技術レベル作曲レベルなどが並行して育っていったバンドだったという裏付けですね。その魅力は確かに90年以降から薄れた感はありますね(勿論主観です)。マンネリでつまらなくなる、飽きるとはどんなことでもありますから。多分、野呂さんがCASIOPEAの活動だけに拘らず、2・3年ソロ活動しながら継続していたら、違っていたでしょう…。その時点でもう『綿密な計算の上でのアンサンブル』 に則った本来の魅力の崩壊は始まったかもしれないです(勿論主観です)。一体感を求め過ぎて、そのために必要だったメンバーが離れてしまったとの推察が私の考え方。その時点で実は私もCASIOPEA、野呂さんから離れました。本田さん加入のスクエアにシフトしてしまっています。
ホントCASIOPEAの懐古厨は時代が止まってんだな。エラそうに。野呂ちゃんがこれがCASIOPEAだ!っつったらそうでしょ。主様UPありがとうございました。録画したDISCを持ってるにもかかわらずこちらでもまた見ちゃって(笑
高校の頃はギターよりアレンジが上手い人だと思ってた。
My guitar idol
その通りです。まさに反動です。カシオペア嫌いでしたらスルーする所ですが、これは野呂君へのメッセージと思って書いてます。(別のところにも書いてますが)カシオペアのコピーバンドみたいなカシオペアは誰も望んでないはず。昔のカシオペアは常に新鮮で、わくわくした。今は、復活に酔いしれてるけど、2ndアルバムで真価が問われるでしょうね。私の周りの(コピーバンドしていたメンバー等)カシオペアのファンやめて櫻井哲生やら神保彰の個別のファンに収まっています。野呂君のファンは意外に少ないだな…と。
諸々纏めますと、嘗てCASIOPEAのLPを毎回楽しみにされていた世代ということで、その頃の愛情が今はいろんな情報が取得できる環境下で貴方のお気持ちに障るように変化し、いつしか愛憎になったと感じます。しかし、もう終わったこと、そして直接野呂さんと人間関係がないのであれば、放置が無難かと。各自のご意見として色々で良いとの見解も根本的には一致と理解しました。ネット社会は実際に会って居る関係ではないので、その辺の伝達の空気感や表現の具合が読めないところが難点です。今、何でも物質的に便利ですが、決して幸福感が満たされているわけではないという典型かもしれません。ネットを通じて余計な情報が交錯してますしね。野呂さんのお人柄は存じ上げないので言及しませんが、あまり私情を挟んで吐き捨てると品位を下げるとは思います。言っても何も変わらないですから。そういう意味で私も貴方へのコメントはこれで終わりに致します。
4:30
私は、野呂氏は工作キッドでギターを手にしたきっかけひとつで、しかも小学校で調音や簡単な作曲法を教わったのみであれだけ緻密に計算されたアンサンブルと、日本人的な歌うメロディーでCasiopeaを世界を席巻するバンドにまでリードした一人の人間として同じ日本人として尊敬に値すると想う。それに、音楽は趣味趣向の世界だから、否定批判は単なる好き嫌いであって主観に過ぎない。侮蔑するようなコメントは自分を辱めるだけではないのかな?嫌なら聞かなきゃいい。気に入らないならコメントしなければいいと想う。歴史的バンドのリーダーに失礼だな。
@matuokasan 聞いてどうするんだ? 関係ないコメすんなよ。下にもあるが、野呂の早弾き(大して早くないが)、リズム感がないのと感動を与えないのは事実。ただし、作曲能力は素晴らしい。
is there any way to put translated captions on this????
野呂さんは今、僕の好きなギタリストの中でも3本の指に入るくらいに、特に最近好きな度合いが増した感じです。元々はPartyを聴いてからファンになって、それから、その前に出されたものも聴くようになり、今は 3rd も聴いています。僕自身、10代後半から20代前半までプロを目指していた時期があって、その時は「作詞、作曲、アレンジ全部やって、歌も自分が歌う❗️」ってことしか考えてなかったんですけど、僕は歌が下手だったんですね。そのストレス発散で楽器の方を弾いていたら、ギターもベースもキーボードも含めて歌より全然うまくなっちゃって😅でもその時は「自分が歌った作品をつくる」ことに固執してしまった結果、まともにレコーディングされた曲は一曲しか残ってないんです。これじゃあ、「自分は本当に音楽をやっていたのか?」って気分になっちゃいますよね。最近になって、こうやってRUclipsでいろいろ聴けるようになって、「歌ものに拘らず、インストでも何でも、形にしていこう」と思うようになったら、何か再びCASIOPEAというか、野呂さんのギターを聴く頻度が上がってきました。プロを目指していた頃は「俺のメインの楽器はキーボード」って思ってたんですが、今はギターかベースって思うようになって、野呂さんの解説つきのギタースコアも買いました。耳コピは無理だと思ったんで😅
なので、今はスケールの勉強をしたいと思っています。若い頃は「ギターは取りあえず速弾きしてりゃあいいだろ。後は時々ブルーノートを混ぜておけば」としか思ってなかったんですが、今は自分が弾くソロに全然満足出来なくて…プロはもう目指せないけど、これからまだ上手になりたいと思っています。そう意味では、野呂さんは先生みたいな存在でもありますね。ちなみに野呂さんと双璧をなす僕の好きなもう一人のギタリストは、TOTOの Steve Lukather です。
>若かりし頃の野呂さんのいわゆる “無茶弾き” それが貴殿の魅力的な姿なのでしょう…。 推察ですが、CASIOPEAを休止にした経緯は ハリの穴を通すCASIOPEAを沢山のファンから求められても 今後維持できるか?無茶弾きではなく、計算に疲れたのでしょう。そして、リズムを維持するのも大変。3rdは全般的にスローになってますね。ナルチョがついてこれないのもありますが…。カシオペアファンとして、いろんな意見があってもいいのではと思います。昔は、一つだったはずなんですけどね。
Can anyone give me his name? I think he's really cool >.<
Issei Noro is the great masters name...
フレーズセンスは中々
TAKANAKA MASAYOSHI imasen desu ka?
コメント欄にゲンナリ。なんかメンドクセエなあと思って。別に野呂氏はギタリストにリスナーを限定して曲を書き演奏しているわけでもあるまいし、もっと気楽に聴きゃいいんじゃないの?って。こういう曲を書いてほしいって要望なら本人にすりゃいいんだし、自分の腕に自信があるなら自分で作りゃいいじゃん、って。まるで野呂氏よりも自分のほうが偉大なミュージシャンであるかの如き上から目線、何様?すんげえアーティストに対するリスペクトに欠けるって気がした。
おっしゃりたいこと、お気持ちはよく分かります。ただ、表現やお言葉を選ばれた方が良いと思いますよ。そうしないと、感情の壁によって伝わらない、敵を作る、よって、貴方の想いは無情に砕けます。評価↓ だけで良いではないですか???
失礼も何も、賞賛も批判も自由なはず。昔の野呂一生の方が、アンサンブルは凝っていた。沢山コピーした。しかし今は、だらだら弾いてるだけ。コピーはしたくは決してならない。野呂好きなら好きで良い。嫌いなら嫌い良い。しかし、野呂の評価に音楽性や理論を持ち込むなら、賞賛や批判を含め野呂一生をきっちりと評価することは問題ないのでは?。否定ではなく。事実を書いてるだけ。
追記します。音楽に正しい間違いはありません。好きか嫌いかだけです。中世以来の長い歴史を持ったクラッシックの楽典をジャズが心地よく崩して新しい解釈を与えました。貴殿のおっしゃる “事実” とやらはよくわかりませんが嘗てのCASIOPEAが好きであった反動が貴殿の心の中にあると私は推察申し上げます。これは正否有りと思いますので間違っていましたら謝罪させて頂きます。
↓言い方ってもんがあるだろ。
>作曲、編曲、音作り全て衰えている。分らない方ですね~。ですから、音楽は趣味趣向の世界です。おっしゃることはどうでもいいこと。貴殿のような想いで離れていく方もいらっしゃれば、老練な魅力と別の方が評価して感じていらっしゃれば、新しいファンもまた出てくるのですよ。衰えていようが、なんだろうが関係ないんです。ご本人が早弾きは、肉体が衰えるが如く歳を取ると苦労すると実感されているので、若い方々へ伝えただけではないですか?意見として聞いておけば宜しい。衰えたのなら、それなりに出来る表現でやっておられれば良い。それを評価するか否かは、やはり聴く人の主観なんですよ。貴殿のように音楽性を重視して聴いて居る人間ばかりではないですよ。それぞれの人間の感情に音楽は訴え掛けて居る。響かない人もいれば、響く人も居る。ただそれだけが事実です。
主観と言ったり、好き嫌いだけと言ったり。それも人それぞれだけど…聞くだけじゃなく演奏し作曲したり、音楽の楽しみ方は色々あり。そして、音楽の道を志した一人として、残念な気持ちを書いてるのです。昔の野呂君のGuitar聞いた事あるのかな?もうOrionのJazz調バリバリのGuitar、Gypsy Wind、Midnight Rendzvousこれこそ、今の野呂君が目指すべき方向性なんだと思うのだけど。昔のカシオペアはアルバム出るたびにわくわくした。良い意味でも悪い意味でも。そして野呂君のGuitarの音作りの凝り方も良かった。しかし今の音はのっぺりで聞くに堪えない。歪み系の音は特に。クリーンの音もハーフトンの汚い音みたいで、どうも受け入れられない。今の野呂君は向上心がないのか、作曲、演奏、音ほとんど全然心を動かされません。今のカシオペアは、昔のカシオペアのコピーをしてるおじさんバンドみたいです。言葉悪いけど。
実は、そうなんですよね。コピーした人ならわかるけど、野呂君のギターリズム正確ではないでんすよね。ライブで、ユニゾンをはずのも野呂君が一番多かったし、早弾きすると、まさに音が途切れ途切れ。カシオペアファンは、井の中の蛙な人が多く、それとギター知らない人が非常に多いですよね。昔は、アンサンブル重視で控えめなソロで上手く隠して、むしろそれがソロを引き立ててましたけど、今は、酷いですね。
言ってる事理解できますが、野呂君は、早弾きに関して、現在の方が多様し過ぎですよ。昔はシンプルだった。計算されていた。これが言いたいのです。それと、野呂君の人柄はあまり良くないかと、昔から、コード弾きが下手な人が…云々最近(と言っても、もうギターの神様の放送ですから随分前ですが)では、昔早弾きで売ってい多人は、年取って苦労しますよとか暗にどこかの人を指し示すような発言が随所にあります。意地悪い人だな…と思いますね。音楽に共感する人はするし、しない人はしないこれについては、言及していません。あくまで、ここでのCASIOPEAへのコメントは、私見として言ってるだけです。反感は多いに結構、共感望んでません。各自いろんな意見がありますので
野呂は、番組で早弾きを売りにする人は、年とって苦労するとか言ってたが、自分が年とって早弾きばかりしてるような気がする。昔の方が良かったんだけな〜。そして、そんなに早弾きではないのは、誰もが周知の事。
野呂先生wwwwwwこんなの観たら逆に弾きたくなくなる(泣)
俺は野呂さんの演奏に大満足だ
野呂一生 GOD OF GUITAR~
野呂さん!真っ白じゃないですか!
このコメントも含めて貴殿の主観にすぎない。
昔の野呂氏を知らないでファンの方々も
いらっしゃるはず。その方々とてそれぞれの
主観で楽しんでいる。野呂氏ご本人も
主観でやっていらっしゃるはず。
事実もなにもない。聞く人間の数だけ
その音楽はその人間の心に響き
その主観で楽しみ影響を与えている
事実だけがある。それだけのことだ。
そうですね。
ご意見としては至極理解に及びます。
若かりし頃の野呂さんのいわゆる “無茶弾き”
それが貴殿の魅力的な姿なのでしょう…。
推察ですが、CASIOPEAを休止にした経緯は
ハリの穴を通すCASIOPEAを沢山のファンから求められても
今後維持できるか? という疑問も野呂さんご本人にあったかと…。
それと、貴方のお気に召さない方向性の音楽(CASIOPEA以外のもの)を
自由にやりたいと感じてのことでしょう…。
人間は進化や変化や退化していくものです。
お好みでなければ見限られるだけで十分です。
公に否定批判しなくても良いではないですか?
反感を買っても良いことないですよ。
気楽に行きましょう。
初期メンバーの後期において、ライブではソロの“無茶弾き”はあったかと思います。LP、CDメディアにおいて、通常ライブ(特にパーフェクトライブ)までは、全て計算と言いますか、確かに予習+αのソロで計算されていましたね。同感です。
昔は一つだった、というのは、多分みんなの技術レベル作曲レベルなどが並行して育っていったバンドだったという裏付けですね。その魅力は確かに90年以降から薄れた感はありますね(勿論主観です)。マンネリでつまらなくなる、飽きるとはどんなことでもありますから。多分、野呂さんがCASIOPEAの活動だけに拘らず、2・3年ソロ活動しながら継続していたら、違っていたでしょう…。その時点でもう『綿密な計算の上でのアンサンブル』 に則った本来の魅力の崩壊は始まったかもしれないです(勿論主観です)。一体感を求め過ぎて、そのために必要だったメンバーが離れてしまったとの推察が私の考え方。その時点で実は私もCASIOPEA、野呂さんから離れました。本田さん加入のスクエアにシフトしてしまっています。
ホントCASIOPEAの懐古厨は時代が止まってんだな。
エラそうに。
野呂ちゃんがこれがCASIOPEAだ!っつったらそうでしょ。
主様UPありがとうございました。
録画したDISCを持ってるにもかかわらずこちらでもまた見ちゃって(笑
高校の頃はギターよりアレンジが上手い人だと思ってた。
My guitar idol
その通りです。まさに反動です。
カシオペア嫌いでしたらスルーする所ですが、これは野呂君へのメッセージと思って書いてます。
(別のところにも書いてますが)
カシオペアのコピーバンドみたいなカシオペアは誰も望んでないはず。
昔のカシオペアは常に新鮮で、わくわくした。
今は、復活に酔いしれてるけど、2ndアルバムで真価が問われるでしょうね。
私の周りの(コピーバンドしていたメンバー等)カシオペアのファンやめて櫻井哲生やら神保彰の個別のファンに収まっています。
野呂君のファンは意外に少ないだな…と。
諸々纏めますと、嘗てCASIOPEAのLPを毎回楽しみにされていた世代ということで、その頃の愛情が今はいろんな情報が取得できる環境下で貴方のお気持ちに障るように変化し、いつしか愛憎になったと感じます。しかし、もう終わったこと、そして直接野呂さんと人間関係がないのであれば、放置が無難かと。各自のご意見として色々で良いとの見解も根本的には一致と理解しました。ネット社会は実際に会って居る関係ではないので、その辺の伝達の空気感や表現の具合が読めないところが難点です。今、何でも物質的に便利ですが、決して幸福感が満たされているわけではないという典型かもしれません。ネットを通じて余計な情報が交錯してますしね。野呂さんのお人柄は存じ上げないので言及しませんが、あまり私情を挟んで吐き捨てると品位を下げるとは思います。言っても何も変わらないですから。そういう意味で私も貴方へのコメントはこれで終わりに致します。
4:30
私は、野呂氏は工作キッドでギターを手にしたきっかけひとつで、
しかも小学校で調音や簡単な作曲法を教わったのみで
あれだけ緻密に計算されたアンサンブルと、日本人的な歌うメロディーで
Casiopeaを世界を席巻するバンドにまでリードした一人の人間として
同じ日本人として尊敬に値すると想う。
それに、音楽は趣味趣向の世界だから、否定批判は
単なる好き嫌いであって主観に過ぎない。
侮蔑するようなコメントは自分を辱めるだけではないのかな?
嫌なら聞かなきゃいい。気に入らないならコメントしなければいいと想う。
歴史的バンドのリーダーに失礼だな。
@matuokasan 聞いてどうするんだ? 関係ないコメすんなよ。
下にもあるが、野呂の早弾き(大して早くないが)、リズム感がないのと感動を与えないのは事実。ただし、作曲能力は素晴らしい。
is there any way to put translated captions on this????
野呂さんは今、僕の好きなギタリストの中でも3本の指に入るくらいに、特に最近好きな度合いが増した感じです。
元々はPartyを聴いてからファンになって、それから、その前に出されたものも聴くようになり、今は 3rd も聴いています。
僕自身、10代後半から20代前半までプロを目指していた時期があって、その時は「作詞、作曲、アレンジ全部やって、歌も自分が歌う❗️」ってことしか考えてなかったんですけど、僕は歌が下手だったんですね。そのストレス発散で楽器の方を弾いていたら、ギターもベースもキーボードも含めて歌より全然うまくなっちゃって😅
でもその時は「自分が歌った作品をつくる」ことに固執してしまった結果、まともにレコーディングされた曲は一曲しか残ってないんです。これじゃあ、「自分は本当に音楽をやっていたのか?」って気分になっちゃいますよね。
最近になって、こうやってRUclipsでいろいろ聴けるようになって、「歌ものに拘らず、インストでも何でも、形にしていこう」と思うようになったら、何か再びCASIOPEAというか、野呂さんのギターを聴く頻度が上がってきました。プロを目指していた頃は「俺のメインの楽器はキーボード」って思ってたんですが、今はギターかベースって思うようになって、野呂さんの解説つきのギタースコアも買いました。耳コピは無理だと思ったんで😅
なので、今はスケールの勉強をしたいと思っています。若い頃は「ギターは取りあえず速弾きしてりゃあいいだろ。後は時々ブルーノートを混ぜておけば」としか思ってなかったんですが、今は自分が弾くソロに全然満足出来なくて…プロはもう目指せないけど、これからまだ上手になりたいと思っています。そう意味では、野呂さんは先生みたいな存在でもありますね。
ちなみに野呂さんと双璧をなす僕の好きなもう一人のギタリストは、TOTOの Steve Lukather です。
>若かりし頃の野呂さんのいわゆる “無茶弾き” それが貴殿の魅力的な姿なのでしょう…。 推察ですが、CASIOPEAを休止にした経緯は ハリの穴を通すCASIOPEAを沢山のファンから求められても 今後維持できるか?
無茶弾きではなく、計算に疲れたのでしょう。そして、リズムを維持するのも大変。3rdは全般的にスローになってますね。ナルチョがついてこれないのもありますが…。
カシオペアファンとして、いろんな意見があってもいいのではと思います。
昔は、一つだったはずなんですけどね。
Can anyone give me his name? I think he's really cool >.<
Issei Noro is the great masters name...
フレーズセンスは中々
TAKANAKA MASAYOSHI imasen desu ka?
コメント欄にゲンナリ。なんかメンドクセエなあと思って。別に野呂氏はギタリストにリスナーを限定して曲を書き演奏しているわけでもあるまいし、もっと気楽に聴きゃいいんじゃないの?って。こういう曲を書いてほしいって要望なら本人にすりゃいいんだし、自分の腕に自信があるなら自分で作りゃいいじゃん、って。まるで野呂氏よりも自分のほうが偉大なミュージシャンであるかの如き上から目線、何様?すんげえアーティストに対するリスペクトに欠けるって気がした。
おっしゃりたいこと、お気持ちはよく分かります。
ただ、表現やお言葉を選ばれた方が良いと思いますよ。
そうしないと、感情の壁によって伝わらない、敵を作る、
よって、貴方の想いは無情に砕けます。
評価↓ だけで良いではないですか???
失礼も何も、賞賛も批判も自由なはず。
昔の野呂一生の方が、アンサンブルは凝っていた。
沢山コピーした。
しかし今は、だらだら弾いてるだけ。
コピーはしたくは決してならない。
野呂好きなら好きで良い。嫌いなら嫌い良い。
しかし、野呂の評価に音楽性や理論を持ち込むなら、賞賛や批判を含め
野呂一生をきっちりと評価することは問題ないのでは?。
否定ではなく。事実を書いてるだけ。
追記します。
音楽に正しい間違いはありません。
好きか嫌いかだけです。
中世以来の長い歴史を持ったクラッシックの楽典を
ジャズが心地よく崩して新しい解釈を与えました。
貴殿のおっしゃる “事実” とやらはよくわかりませんが
嘗てのCASIOPEAが好きであった反動が貴殿の心の中にあると
私は推察申し上げます。これは正否有りと思いますので
間違っていましたら謝罪させて頂きます。
↓言い方ってもんがあるだろ。
>作曲、編曲、音作り全て衰えている。
分らない方ですね~。
ですから、音楽は趣味趣向の世界です。
おっしゃることはどうでもいいこと。
貴殿のような想いで離れていく方もいらっしゃれば、
老練な魅力と別の方が評価して感じていらっしゃれば、
新しいファンもまた出てくるのですよ。
衰えていようが、なんだろうが関係ないんです。
ご本人が早弾きは、肉体が衰えるが如く
歳を取ると苦労すると実感されているので、
若い方々へ伝えただけではないですか?
意見として聞いておけば宜しい。
衰えたのなら、それなりに出来る表現で
やっておられれば良い。
それを評価するか否かは、
やはり聴く人の主観なんですよ。
貴殿のように音楽性を重視して
聴いて居る人間ばかりではないですよ。
それぞれの人間の感情に音楽は訴え掛けて居る。
響かない人もいれば、響く人も居る。
ただそれだけが事実です。
主観と言ったり、好き嫌いだけと言ったり。それも人それぞれだけど…
聞くだけじゃなく演奏し作曲したり、音楽の楽しみ方は色々あり。そして、音楽の道を志した一人として、残念な気持ちを書いてるのです。昔の野呂君のGuitar聞いた事あるのかな?もうOrionのJazz調バリバリのGuitar、Gypsy Wind、Midnight Rendzvousこれこそ、今の野呂君が目指すべき方向性なんだと思うのだけど。昔のカシオペアはアルバム出るたびにわくわくした。良い意味でも悪い意味でも。そして野呂君のGuitarの音作りの凝り方も良かった。しかし今の音はのっぺりで聞くに堪えない。歪み系の音は特に。クリーンの音もハーフトンの汚い音みたいで、どうも受け入れられない。今の野呂君は向上心がないのか、作曲、演奏、音ほとんど全然心を動かされません。今のカシオペアは、昔のカシオペアのコピーをしてるおじさんバンドみたいです。言葉悪いけど。
実は、そうなんですよね。コピーした人ならわかるけど、野呂君のギターリズム正確ではないでんすよね。
ライブで、ユニゾンをはずのも野呂君が一番多かったし、早弾きすると、まさに音が途切れ途切れ。
カシオペアファンは、井の中の蛙な人が多く、それとギター知らない人が非常に多いですよね。
昔は、アンサンブル重視で控えめなソロで上手く隠して、むしろそれがソロを引き立ててましたけど、今は、酷いですね。
言ってる事理解できますが、野呂君は、早弾きに関して、現在の方が多様し過ぎですよ。
昔はシンプルだった。計算されていた。これが言いたいのです。
それと、野呂君の人柄はあまり良くないかと、昔から、コード弾きが下手な人が…云々
最近(と言っても、もうギターの神様の放送ですから随分前ですが)では、昔早弾きで売ってい多人は、年取って苦労しますよとか暗にどこかの人を指し示すような発言が随所にあります。
意地悪い人だな…と思いますね。
音楽に共感する人はするし、しない人はしないこれについては、言及していません。
あくまで、ここでのCASIOPEAへのコメントは、私見として言ってるだけです。
反感は多いに結構、共感望んでません。各自いろんな意見がありますので
野呂は、番組で早弾きを売りにする人は、年とって苦労するとか言ってたが、自分が年とって早弾きばかりしてるような気がする。
昔の方が良かったんだけな〜。
そして、そんなに早弾きではないのは、誰もが周知の事。